2008年8月17日 (日)

北京五輪「男子100m 人類はどこまで速くなるのか!?」

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        北京五輪100m決勝でウサイン・ボルト(ジャマイカ)が自身の持つ世界記録を更新する9秒69をマークした。その〝瞬間〟を目撃した9万人は全員が興奮状態だった。レースが終わり、正式タイムが表示された頃には、ぼく の周りは全員が立っていた。スタンディングオベーションというやつだ。もう席には座っていられないくらいの感動がそこにはあった。

オリンピックの100mは世界で一番速い男を決める決闘の場所だと思 っていたけど、今回はボルトのためだけのレースだった。100mの直線をただ走るだけ。これだけシンプルな競技は他にない。でも、これぞキング・オブ・スポーツに間違いない。地球上に存在した誰もが経験したことのある〝駆けっこ〟の究極のかたち。その頂点にボルトは立ったのだ。

21歳のボルトは今年から100mに本格参戦してきたスプリンター。北京五輪の前に9秒72の世界記録を樹立したが、世界の強豪たちのとのガチンコ勝負の経験は少なく、100mチャンピオンという存在ではなかった。しかし、今回の北京五輪の優勝で正真証明の王者になった。いや、もうライバルたちに「ボルトには勝てない」と思わせるだけの圧倒的な実力差を見せつけた。

中盤で抜け出したボルトはラスト20mから勝利を確信して、喜びのジェスチャーを披露。決して、100mを全速力で駆け抜けたわけではなかった。それでも、9秒69。人類が誰も到達したことのない9秒6台に楽々と足を踏み入れたのだ。

1988年のソウル五輪でベン・ジョンソンが幻の9秒79をマークしたが、このタイムは当時の常識としては考えられないくらいの記録で、100年間は破られないだろうという専門家もいた。しかし、あれから20年。ボルトは終盤流しながらも、改造人間がマークした記録を0.1秒も上回った。ぼくは思う。もしかすると人類に〝限界〟はないのかもしれないと。ボルトはまだ21歳。これからの成長を考えると、昨年までは誰もイメージすることができなかった9秒5台という世界がリアルに感じられるようになったのだから。

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2008年7月27日 (日)

初めての富士登山。

初めての富士登山をカッコよく走って登ろうと、富士登山競争に出場してきた。しかし、走れたのは馬返しまで(苦笑)。そこからは歩くのが精一杯。で、具合が悪くなって5合目でリタイアした。

5合目関門は楽々クリアできると思っていたのに、ギリギリの通過。だから、さらに上を目指す気力はなくなっていた。8合目の制限関門で引っかかるのは明白だったから(←なにしろその後は自力で5合目まで戻らないといけないし)。来年はどうするのか? ちゃんとトレーニングしてリベンジを果たしたい気持ちはあるけど、いまは何も考えたくないというのが本音だ……。あ~きつかった。

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2008年4月 7日 (月)

Qちゃんはどこへいく!?

名古屋国際女子マラソンの取材にいってきた。

北京五輪の最終選考がどんな結末を迎えるのか、高橋尚子がどれだけの走りを見せてくれるのか、自分の目で確かめたかったからだ。

結果はご存知のとおり。それにしても、Qちゃんの走りにはガッカリさせられた。

スローペースにもかかわらず、9km付近で集団から遅れるなんて……。

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惨敗したQちゃんだが、レース後には顔を上げて報道陣の前に現れた。

昨年8月に米国で右ひざ半月板の半分を切除する手術をしたことを打ち明けると、引退説を否定。そして、「今は言えないですが、まだやり残したことがあるんです」と話した。

レースの翌日、ひざの手術が失速の原因でないことをマネージャーの安野仁氏が強調していたことがちょっとひっかかっていたが、その後Qちゃんの周囲が騒がしくなっている。
まず、某週刊誌に「高橋尚子、名古屋の出場料が5000万円、完走料が5000万円」という記事がリークされた。

マネージャーである安野氏の仕掛けで、このような契約がテレビ局側と結ばれていたらしいのだ。安野氏はかつてIMGに勤務してり、Qちゃんがプロ宣言してからのマネジメントを受け持ってきた人物だ。

真相はわからないが、このネタがまったくウソということはないだろう。

日本では公道での賞金レースは認められていないため、すべてはアンダーマネーになるが、テレビ局側も視聴率をとれる選手、もしくは指導者などにそれなりの〝出演料〟を支払っているという話はよく耳にする。

しかし、完走したら5000万円というのはかなり甘い。

1月のドバイ・マラソンでハイレ・ゲブレシラシェ(エチオピア)が自らの世界最高記録に27秒と迫る2時間453秒をマーク。

優勝賞金としてはマラソン史上最高の25万ドル(約2750万円)を獲得しているが、そのパフォーマンスを考えるとQちゃんとは比較にならないくらい安いからだ。

(ハイレは世界最高記録を樹立してれば100万ドル、当時のレートで約11000万円のビッグボーナスを手にするところだったのだが)

さらに驚いたのがQちゃんの次なる挑戦だ。

11月の東京、12月の大阪、3月の名古屋と短期間で国内のメジャーレースすべてに出場するというのだ。

3レース続けて2時間20分を切れば、これは世界記録に匹敵するくらいのパフォーマンスかもしれない。すべてに優勝すれば、世界中に高橋復活を強く印象づけることができるだろう。

でも、3レースすべてが今回の名古屋と同じくらいのタイムでは〝夢〟などない。

今回のQちゃんの名古屋のタイムは2時間44分18秒。市民ランナーのトップと変わらない。

名古屋でQちゃんと1分差でフィニッシュした市民ランナーのCさんに取材したことがある。彼女は旦那さんと飲食店を経営しているが、ポイント練習などは仕事が終わった深夜に行うことがほとんどだという。そんな彼女は「私よりも遅い実業団選手は甘いと思う」と話していたが、今回のQちゃんのことを知ったらどう思うのか。

3レースすべてで今回の名古屋と同じような契約がかわされているとしたら、ちょっと悲しい。

テレビ業界が高橋陣営に踊らされているのか、それともお金のためにQちゃんは走っているのか。

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名古屋の瑞穂陸上競技場を埋めつくしたファンの数にはビックリさせられた。

改めてQちゃんの人気の高さを知らされた感じだ。

プロランナーのQちゃんの走りが多くの人に夢と希望を与えるものであってほしい。

そう思うのはぼくだけじゃないだろう。

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2007年11月17日 (土)

〝モデル〟デビュー!?

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いま発売の新雑誌『DUAL』の48ページにサカイがモデルとして登場しています。すごく、カッコよく?映っているわけですが、でも、かなり微妙。誰なのか分からない……。

ちなみに文章はまったく書いていません。朝早くに湘南に行き、撮影をすまして、帰ってきました。リアリティを出したいということで、知り合いのライターに頼まれたんですが、さてどーでしょう!?

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2007年8月25日 (土)

世界陸上、男子マラソン〝金〟に思う。

タイトルのとおり、実に優雅な日々を過ごしてました。富里スイカロードレース、小布施見にマラソン、富士登山競争とエントリーしていたレースをすべて辞退(←仕事などで出られなかった)。さらに気がつけば、ブログの更新もさぼっていました。。。

でも、今日からは心を入れ替え、ブログの更新をしたいと思います!

さて、今日から世界陸上が始まった。サカイは昨日から大阪に入り、取材してます。最初の種目は男子マラソン。結果はご存知の通り、尾方剛が5位、大崎悟史が6位、諏訪利成が7位と日本勢はトリプル入賞を果たして、団体で金メダルを獲得した。

2007082500000007jijpspoview000 大会初日の最初の種目としてはメデタシな感じだが、これはかなり微妙だ。団体で金をとっても、何の評価にもならないからだ。日本人トップでメダルを獲得すれば、北京五輪の代表が内定したのだが、あと1歩で届かなかった。レースを終えて、取材陣の前に現れた尾方はとても悔しそうだった。これで北京五輪代表のプラチナチケット(3枚)は12月の福岡、2月の東京、3月のびわ湖で好走した選手から決まることになる。

サカイは取材する側として、日本代表選手を応援していたが、個人的にも今回の男子マラソンは思うことがあった。諏訪と大崎はサカイと同学年。尾方さんは3学年上。実は今から12年前はまったく立場が逆なのだ。

72回箱根駅伝(96年)でサカイは箱根駅伝10区を走り、8位でゴールした。だが、諏訪(東海大)と大崎(山梨学院大)、さらに尾方さん(山梨学院大)は駅伝メンバーに入ることができなかった。その頃は、きっと悔しい思いをしたに違いない。特に尾方さんは故障で走れないことがストレスになり、髪の毛がぜんぶ抜けてしまったほどだ。

005でも、2007年の大阪世陸上では、日本代表としてスポットライトを浴びている。彼らのこれまでの努力を称えたいし、これからもできる限り頑張ってほしいと思う。そして、もしかしたらアチラ側の人間になれるかもしれないと本気で思っていた18歳の夏を思い出した。

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2007年4月16日 (月)

気がつけば……

Photo_68かすみがうらマラソンを走ってきた。ブラインドランナー亀山さんの伴走だ。4時間切りの目標が、4時間00分05秒。惜しい。ま、詳しくは5月9日発売の『Tarzan』を読んでもらうとして、気がつけば、3か月連続(2月東京、3月韓国東亜)でフルマラソンを走っていたことになる。

走らないライターとしては、かなりの快挙だ。パチパチパチ。

でも、その代償というか、東京マラソン以降、アチコチが痛い。韓国も右膝痛で歩いたけど、かすみがうらも右太腿が上がらなくなって、かなり焦った。月間走行距離アンダー200kmランナーのくせに、無理はいけないよね。

ということで、しばらくランはのんびりやります。でも、うっかり富士登山競走にエントリーしてしまった。富士山に一度も登ったことないのに……。さて、どうしよう!?

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2007年3月18日 (日)

ソウルに散る。

3月18日のソウル国際マラソンを走ってきた。1か月前の 東京マラソンを3時間8分で走ったサカイにとって、ソウルはサブスリー達成の舞台になるはずだった。しかし、結果からいうと、4時間13分30秒と惨敗。マラソンは難しい、とつくずく感じた。

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まずは言い訳から。日本事務局の計らいで、日本人選手は登録選手のすぐ後ろという絶好のスタート位置。しかし、これが裏目だった。予定ではハーフを1時間29分で通過して、なんとかサブスリーでゴールしようと思っていたけど、序盤がオーバーペースになってしまった。というのは、周りの韓国人ランナーが速すぎて、キロ4分10秒前後で行くはずなのに、リズムがうまく取れない。で、周囲につられて速くなる。この繰り返し。

19kmで「もうダメだ」と思った瞬間、ふくらはぎの筋肉がカチカチになりペースダウン。この地点でサブスリーを諦めて、3時間30分以内でゴールできるようにゆったりペースに切り替えたけど、試練はまだまだ続いた。35kmの給水のときに少しだけ歩いたら、膝が痛み出して、、、残りはウォーク。4時間以上かかって、どうにかゴールにたどり着いた。走った感想としては、やっぱり、42.195kmという距離は長かった! ということかな(苦笑)。

ラップタイムは以下の通り。
5km20分24秒、10km40分09秒(19分45秒)、15km1時間01分02秒(20分53秒)、20km1時間21分49秒(20分46秒)、ハーフ1時間27分05秒、25km1時間49分52秒(28分02秒)、30km2時間18分27秒(28分34秒)、35km2時間46分16秒(28分16秒)、40km3時間46分17秒(59分32秒)、ゴール4時間13分30秒(27分12秒)

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韓国のマラソンは初めてだったけど、同じアジアの東京マラソンと少し違うところもあった。参加人数は約2万5000人とほぼ同じ。だけど、前日のゼッケン受け取りも、さほど盛り上がっていなかったし、当日もスタート地点のすぐ近くにいかないと、ランナーの姿が確認できなかった。本当にあるの?と思ったくらいだ。沿道の応援も東京マラソンと比べても圧倒的に少なかった。東京マラソンはもうお祭りという感じだけど、ソウル国際マラソンは制限時間が5時間ということもあるかもしれないけど、大きなレースというイメージだ。スタート地点では寒さをしのぐために、いらなくなった?シャツなんかを着てる人もかなりいて、レースに出る人なのか、応援の人なのか、よく分からない。女性の参加は日本より断然少ないし、あと韓国人は根性があるのか、歩いている人はほとんどいないのが不思議だった。そのせいか? 歩いているサカイに対する応援も少なかった(←日本のレースでは苦しんで歩いていると応援されるけどね)。

次はかすみがうらマラソンの伴走。本気のフルは10月の北京マラソンかな。

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2007年1月12日 (金)

今井くん、保科くん、4年間お疲れさま。

箱根駅伝がようやく終わった。というのはサカイが原稿をすべて送ったから。今回もドラマがあったけど、一番のヒーローは順大の今井正人くんだね。予想通り、いや、想像以上に強かった。でも、今回で箱根駅伝での今井正人はおしまい。次はマラソンだ!

というわけで、4年間お疲れの意味を込めて、今井くんと保科光作(日体大)くんと飲みました。

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今井くんを初めて取材したのは彼が高校2年生のとき。駅伝、クロカンで大活躍して、当時の注目選手として記事を書いた。それから、順大に入学したときも取材したし、箱根の山でゴボウ抜きをしたときも大学まで話を聞きにいった。

保科くんは日体大のエースで今回は2区で区間4位。いまいち目立たなかったけど、いまの大学4年生では5000m、10000mで最速タイムを持っている。保科くんも1年生の頃から何度も取材しているから、楽しいひと時になった。

17時から飲み始めて、終電で帰るまで大盛り上がり。あまりにも楽しかったので、何を話したか忘れてしまった(笑)。

大学を卒業したら今井くんはトヨタ自動車九州へ、保科くんは日清食品へ進む。山を極めても、箱根でスターになっても、オリンピックにはいけない。本当の勝負はこれからだ。頑張れ今井!頑張れ保科!

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2006年12月22日 (金)

箱根駅伝がやってくる!

11月中旬から12月中旬までの1か月間、僕の頭の中を〝箱根駅伝〟が駆け回った。で、その成果?がいま書店に並んでいる。

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             『月刊陸上競技』『箱根駅伝公式ガイドブック』『週刊ポスト』『TVanan』『ランナーズ』 と自分でもよく書いたもんだと思う。と同時に箱根駅伝の人気、過熱ぶりにはびっくりさせられる。まさか、『週刊ポスト』や『TVanan』までが特集を組むとは思わないもんね。

ちなみに『箱根駅伝公式ガイドブック』は亜細亜大、東海大、日体大、早大を担当。『TVanan』はp74~81を書きました。もちろん、1月2日~3日は取材するけど、僕のなかで箱根駅伝は7区ぐらいまで終了した感じだ。

区間エントリーは12月29日で、スタートは1月2日の朝8時。選手はまさに最終調整の真っ只中だ。もうすぐ箱根駅伝がやってくる!

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2006年12月16日 (土)

ホノルルマラソンで感動したこと。

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        今年もうっかりホノルルへ行ってしまった。2年前は3時間08分で走り、昨年は25kmで途中棄権。今回は6時間07分かけてじっくりと楽しんできた。

42.195kmを6時間かけて走るのは難しく?、25km以降はほとんどウォークだ。このクラスになると、周りも走ってる人より歩いている人のが圧倒的に多い。膝が痛かったり、マメがつぶれたり、単に練習不足だったり、もともと歩く予定だったりと、その理由はいろいろだ。ただ、あまりにも多くの人が足を引きずりながら歩いている様は“陽気なゾンビ”に見えなくもなかった。

と、みんなで仲良く?歩いていると、後ろから“走っている大集団”が現れた。僕が出くわしたのは35km付近。突然、という感じの出現に驚いた。なんせ、走ってるんだから。

その数は20~30名。先頭を引っ張るのは“はかま&高下駄”というジャパニーズスタイルの日本人だ。日本国内でもなかなかお目にかかれない姿のお方が、ホノルルマラソンを走っている。しかも掛け声つきで。

「わっしょい」(わっしょい)「頑張れ」(がんばれ)「わっしょい」(わっしょい)「頑張れ」(がんばれ)「ビール」(ビール) ※「」は高下駄ランナー。()は周りの人たち。

高下駄ランナーの姿に勇気づけられた人たちが、もう一回頑張ってみよう、と走り出して集団は膨れ上がっていた。脱落する人もいるけど、新たに加わる人もいる。声をからしながら走る高下駄ランナー。膝がいたくて走れない、というランナーを氷でアイシングしてあげる優しい高下駄ランナー。周りに元気を配りながら走る高下駄ランナー。僕は感動して、涙が少しだけ溢れた。

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«箱根駅伝予選会。拓大に足らなかった“1秒”に思うこと。