2008年8月17日 (日)

北京五輪「男子100m 人類はどこまで速くなるのか!?」

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        北京五輪100m決勝でウサイン・ボルト(ジャマイカ)が自身の持つ世界記録を更新する9秒69をマークした。その〝瞬間〟を目撃した9万人は全員が興奮状態だった。レースが終わり、正式タイムが表示された頃には、ぼく の周りは全員が立っていた。スタンディングオベーションというやつだ。もう席には座っていられないくらいの感動がそこにはあった。

オリンピックの100mは世界で一番速い男を決める決闘の場所だと思 っていたけど、今回はボルトのためだけのレースだった。100mの直線をただ走るだけ。これだけシンプルな競技は他にない。でも、これぞキング・オブ・スポーツに間違いない。地球上に存在した誰もが経験したことのある〝駆けっこ〟の究極のかたち。その頂点にボルトは立ったのだ。

21歳のボルトは今年から100mに本格参戦してきたスプリンター。北京五輪の前に9秒72の世界記録を樹立したが、世界の強豪たちのとのガチンコ勝負の経験は少なく、100mチャンピオンという存在ではなかった。しかし、今回の北京五輪の優勝で正真証明の王者になった。いや、もうライバルたちに「ボルトには勝てない」と思わせるだけの圧倒的な実力差を見せつけた。

中盤で抜け出したボルトはラスト20mから勝利を確信して、喜びのジェスチャーを披露。決して、100mを全速力で駆け抜けたわけではなかった。それでも、9秒69。人類が誰も到達したことのない9秒6台に楽々と足を踏み入れたのだ。

1988年のソウル五輪でベン・ジョンソンが幻の9秒79をマークしたが、このタイムは当時の常識としては考えられないくらいの記録で、100年間は破られないだろうという専門家もいた。しかし、あれから20年。ボルトは終盤流しながらも、改造人間がマークした記録を0.1秒も上回った。ぼくは思う。もしかすると人類に〝限界〟はないのかもしれないと。ボルトはまだ21歳。これからの成長を考えると、昨年までは誰もイメージすることができなかった9秒5台という世界がリアルに感じられるようになったのだから。

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2008年4月 7日 (月)

Qちゃんはどこへいく!?

名古屋国際女子マラソンの取材にいってきた。

北京五輪の最終選考がどんな結末を迎えるのか、高橋尚子がどれだけの走りを見せてくれるのか、自分の目で確かめたかったからだ。

結果はご存知のとおり。それにしても、Qちゃんの走りにはガッカリさせられた。

スローペースにもかかわらず、9km付近で集団から遅れるなんて……。

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惨敗したQちゃんだが、レース後には顔を上げて報道陣の前に現れた。

昨年8月に米国で右ひざ半月板の半分を切除する手術をしたことを打ち明けると、引退説を否定。そして、「今は言えないですが、まだやり残したことがあるんです」と話した。

レースの翌日、ひざの手術が失速の原因でないことをマネージャーの安野仁氏が強調していたことがちょっとひっかかっていたが、その後Qちゃんの周囲が騒がしくなっている。
まず、某週刊誌に「高橋尚子、名古屋の出場料が5000万円、完走料が5000万円」という記事がリークされた。

マネージャーである安野氏の仕掛けで、このような契約がテレビ局側と結ばれていたらしいのだ。安野氏はかつてIMGに勤務してり、Qちゃんがプロ宣言してからのマネジメントを受け持ってきた人物だ。

真相はわからないが、このネタがまったくウソということはないだろう。

日本では公道での賞金レースは認められていないため、すべてはアンダーマネーになるが、テレビ局側も視聴率をとれる選手、もしくは指導者などにそれなりの〝出演料〟を支払っているという話はよく耳にする。

しかし、完走したら5000万円というのはかなり甘い。

1月のドバイ・マラソンでハイレ・ゲブレシラシェ(エチオピア)が自らの世界最高記録に27秒と迫る2時間453秒をマーク。

優勝賞金としてはマラソン史上最高の25万ドル(約2750万円)を獲得しているが、そのパフォーマンスを考えるとQちゃんとは比較にならないくらい安いからだ。

(ハイレは世界最高記録を樹立してれば100万ドル、当時のレートで約11000万円のビッグボーナスを手にするところだったのだが)

さらに驚いたのがQちゃんの次なる挑戦だ。

11月の東京、12月の大阪、3月の名古屋と短期間で国内のメジャーレースすべてに出場するというのだ。

3レース続けて2時間20分を切れば、これは世界記録に匹敵するくらいのパフォーマンスかもしれない。すべてに優勝すれば、世界中に高橋復活を強く印象づけることができるだろう。

でも、3レースすべてが今回の名古屋と同じくらいのタイムでは〝夢〟などない。

今回のQちゃんの名古屋のタイムは2時間44分18秒。市民ランナーのトップと変わらない。

名古屋でQちゃんと1分差でフィニッシュした市民ランナーのCさんに取材したことがある。彼女は旦那さんと飲食店を経営しているが、ポイント練習などは仕事が終わった深夜に行うことがほとんどだという。そんな彼女は「私よりも遅い実業団選手は甘いと思う」と話していたが、今回のQちゃんのことを知ったらどう思うのか。

3レースすべてで今回の名古屋と同じような契約がかわされているとしたら、ちょっと悲しい。

テレビ業界が高橋陣営に踊らされているのか、それともお金のためにQちゃんは走っているのか。

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名古屋の瑞穂陸上競技場を埋めつくしたファンの数にはビックリさせられた。

改めてQちゃんの人気の高さを知らされた感じだ。

プロランナーのQちゃんの走りが多くの人に夢と希望を与えるものであってほしい。

そう思うのはぼくだけじゃないだろう。

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2007年8月25日 (土)

世界陸上、男子マラソン〝金〟に思う。

タイトルのとおり、実に優雅な日々を過ごしてました。富里スイカロードレース、小布施見にマラソン、富士登山競争とエントリーしていたレースをすべて辞退(←仕事などで出られなかった)。さらに気がつけば、ブログの更新もさぼっていました。。。

でも、今日からは心を入れ替え、ブログの更新をしたいと思います!

さて、今日から世界陸上が始まった。サカイは昨日から大阪に入り、取材してます。最初の種目は男子マラソン。結果はご存知の通り、尾方剛が5位、大崎悟史が6位、諏訪利成が7位と日本勢はトリプル入賞を果たして、団体で金メダルを獲得した。

2007082500000007jijpspoview000 大会初日の最初の種目としてはメデタシな感じだが、これはかなり微妙だ。団体で金をとっても、何の評価にもならないからだ。日本人トップでメダルを獲得すれば、北京五輪の代表が内定したのだが、あと1歩で届かなかった。レースを終えて、取材陣の前に現れた尾方はとても悔しそうだった。これで北京五輪代表のプラチナチケット(3枚)は12月の福岡、2月の東京、3月のびわ湖で好走した選手から決まることになる。

サカイは取材する側として、日本代表選手を応援していたが、個人的にも今回の男子マラソンは思うことがあった。諏訪と大崎はサカイと同学年。尾方さんは3学年上。実は今から12年前はまったく立場が逆なのだ。

72回箱根駅伝(96年)でサカイは箱根駅伝10区を走り、8位でゴールした。だが、諏訪(東海大)と大崎(山梨学院大)、さらに尾方さん(山梨学院大)は駅伝メンバーに入ることができなかった。その頃は、きっと悔しい思いをしたに違いない。特に尾方さんは故障で走れないことがストレスになり、髪の毛がぜんぶ抜けてしまったほどだ。

005でも、2007年の大阪世陸上では、日本代表としてスポットライトを浴びている。彼らのこれまでの努力を称えたいし、これからもできる限り頑張ってほしいと思う。そして、もしかしたらアチラ側の人間になれるかもしれないと本気で思っていた18歳の夏を思い出した。

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2007年1月12日 (金)

今井くん、保科くん、4年間お疲れさま。

箱根駅伝がようやく終わった。というのはサカイが原稿をすべて送ったから。今回もドラマがあったけど、一番のヒーローは順大の今井正人くんだね。予想通り、いや、想像以上に強かった。でも、今回で箱根駅伝での今井正人はおしまい。次はマラソンだ!

というわけで、4年間お疲れの意味を込めて、今井くんと保科光作(日体大)くんと飲みました。

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今井くんを初めて取材したのは彼が高校2年生のとき。駅伝、クロカンで大活躍して、当時の注目選手として記事を書いた。それから、順大に入学したときも取材したし、箱根の山でゴボウ抜きをしたときも大学まで話を聞きにいった。

保科くんは日体大のエースで今回は2区で区間4位。いまいち目立たなかったけど、いまの大学4年生では5000m、10000mで最速タイムを持っている。保科くんも1年生の頃から何度も取材しているから、楽しいひと時になった。

17時から飲み始めて、終電で帰るまで大盛り上がり。あまりにも楽しかったので、何を話したか忘れてしまった(笑)。

大学を卒業したら今井くんはトヨタ自動車九州へ、保科くんは日清食品へ進む。山を極めても、箱根でスターになっても、オリンピックにはいけない。本当の勝負はこれからだ。頑張れ今井!頑張れ保科!

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2006年10月21日 (土)

箱根駅伝予選会。拓大に足らなかった“1秒”に思うこと。

箱根駅伝予選会の取材に行ってきた。ココでは雑誌に書けないけど、どうしても言いたいことを書きたいと思う──。

今年も“目をそむけたい”結末が待っていた。ご存知の通り、拓大が1秒差で箱根駅伝を逃したのだ。しかも「関東インカレポイント」での逆転負けだった……。

多くの部員が両手を合わせて、神に祈っていた。通過していますようにと。しかし、歓喜の輪が広がったのは別のエリアだった。「9位国士舘大学」のコールが聞こえると、拓大の選手たちはその場で泣き崩れた。土曜日の午前中。ほのぼのとした立川・昭和記念公園の中でも拓大が陣取った場所だけは悲しみが充満していた。そんな彼らに僕はデジカメを向けることができなかった。

「監督、こんなのオカシイですよ。僕たちコレで3回目です。もう……」

マネージャーが涙声で、叫んだ。川内勝弘監督は「ルールだから仕方ない」と諭すように話したが、ココロの中では彼と同じ気持ちだったに違いない。

この関東インカレポイントが導入されたのは4年前。拓大は実に3回もこのシステムの壁に跳ね返されてきた。具体的には3年前、昨年、そして今年。今の4年生は実に3回も同じ種類の悔し涙を流したことになる。

箱根駅伝に出場できるのは全部で19校(あと1チームは予選会で落選した選手で作られる関東学連選抜チーム)。前回大会で10位までに入った学校にシード権があり、残り「9」校が予選会で決定される。選考方法は各校10名以上12名以下が20kmレースに出場し、上位10位までに入った選手の総合タイムで争われる。が、7位以降は上位10人の合計タイムから「関東インカレポイント」で換算された獲得タイムを差し引いた最終総合タイムでの勝負となる。「関東インカレポイント」は関東インカレのエントリー数(150名以上は7ポイントなど)と対校得点数(11位校は24ポイントなど)を基に設定され、1ポイントが10秒で換算される。

拓大は上位10人の合計タイムでは7位につけていた。しかし、関東インカレポイントは僅かに20秒。そして、城西大、大東大、国士館大にこの理不尽なポイント制で逆転され、圏外に弾き出された。ちなみに国士館大は350秒もの関東インカレポイントを保持していた。

そもそもなぜこんなシステムができたのか? 「陸上競技とはトラック&フィールドの両方があってこそ」という持論が主催者側にあるからだ。トラックとは100m、200m、400m、800m、1500m、5000m、10000m、110mハードル、400mハードル、3000m障害、4×100mリレー、4×400mリレーの12種目。フィールドとは走高跳、棒高跳、走幅跳、三段跳、砲丸投、円盤投、やり投、ハンマー投の8種目。加えて混成競技や競歩などの種目もある。トータルで20を越える種目で長距離選手が関わるのは4分の1にも満たない。

箱根駅伝の人気が高まり、多くの大学が“駅伝部”強化に乗り出した。箱根駅伝に出場することで大学の知名度アップが期待できるからだ。少子化が進む中、箱根駅伝はいつしか大学サバイバルゲームの中に組み込まれた。大学の名前を売ることを考えると、駅伝に関係ない長距離以外の種目を強化することはあまり意味がない。

箱根駅伝に出場するチームで長距離以外の種目で推薦枠を持っているのは体育学部のある大学や、陸上界の伝統校ぐらい。駅伝強豪校で知られる山梨学院大、駒大、神大などは長距離しか強化していないのが現状だ。

国士舘大と拓大のタイム差はわずか1秒。文字通り1秒を争う激戦に、「関東インカレポイント」のアドバンテージは大きすぎる。ルールなので通過した国士舘大にはもちろん落ち度はない。しかし、ルールだからといって落選した拓大が納得できるわけもないだろう。

学生ランナーは箱根駅伝を目指して、日々トレーニングを積んでいる。朝から10km以上走り、授業が終わってからの本練習で30km以上走ることもザラにある。すべては箱根駅伝に出場するためという選手も少なくない。箱根に出る、出ないは、その後の人生も変えてしまう。それなのに……。

そもそもスポーツは実力の世界だ。「関東インカレポイント」という理不尽なハンディは、この純粋な世界にふさわしくない。敗れた拓大の選手に同情するというよりも、個人的には勝負の世界にエゴを持ち込んだ、主催者側に問題があると思っている。実はこれらのルールには現場の意見はほとんど反映されていないのだ。

某大学の監督の話では、このルールが適用される前に行われた監督会議で(ルールに対して)反対意見を言ったが、すでにルールは決定されていて「イエス」と言わざるをえなかったという。5年前に「関東インカレポイント」が導入されたが、同時に箱根駅伝の出場チームも「15」から「20」に拡大された。「関東インカレポイント」が呑めなければ、出場チームは「15」のままだと主催者側から説明があったのだ。箱根駅伝に出られる可能性が増えるのなら、と監督たちは「関東インカレポイント」に同意した。ちなみにこれらのルールを決めるエライさんたちには伝統校のOBばかり。新たに駅伝強化に乗り出した新興大学のOBはほとんどいない。

そもそも学生主体で行われてきた箱根駅伝がひとり歩きして、学生の手には負えないくらいビッグイベントに成長した。選手はアマチュア(学生)なのに、この国民的行事には巨大マネーが動くようになった。箱根駅伝があるから日本のマラソン・長距離界が発展したことは確かだ。しかし……。これから先は言いたくない。日本国民を熱くする箱根駅伝が正しい道を進んでいくことを僕は信じたい。

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2006年8月20日 (日)

箱根駅伝王者の夏休み。

大学生の夏休みは長い。11週間くらいある。なんともウラヤマシところだ。けど、箱根駅伝を目指すランナーにとって、夏休みという言葉は存在しない。夏休み=夏合宿だからだ。そんなわけで、今年の箱根駅伝チャンピオン、亜大の阿蘇合宿を取材してきた。亜大は夏休みのうち熊本・阿蘇で21日間、5日間のフリーを挟んで、長野(黒姫・菅平)で17日間の合宿を行う。

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         8月17日~19日の3日間、亜大の阿蘇合宿に張り付いた。63歳の名将、岡田正裕監督は29歳の若造に敬語で話してくれる。マスコミへの対応は素晴らしく、選手には厳しくて温かい。岡田監督の人柄は箱根に出る前から、ずっと変っていない。

初めて岡田監督を取材したのは5年前。母校の監督に就任して3年目(箱根の予選会を2度失敗)の春だった。熊本から単身赴任で東京に来て、合宿所で選手たちと寝食をともにした。その姿は今も変らない。だが、選手たちは年々たくましくなり、ついに母校を箱根のチャンピオンチームに育て上げた。

亜大が強くなった要因はいくつもあるが、業界でもキツイと評判の夏合宿の存在が大きい。例年行う、阿蘇での合宿では20日で800km以上を走り込む。一番ビックリしたのは朝練習(朝食の前に)で30km走をすることだ。エネルギーが不足してしまうのでは?と心配してしまったが、選手はバナナ1本で30kmの道のりを走り切ってしまうという。岡田監督は「初めはできなかったですけど、慣れですね」と笑っていた。

実は亜大が箱根で優勝するとは思ってもいなかった。強いチームではあると感じていたけど、勝ち切るイメージがわかなかったからだ。勝つのは東海大か順大だと予想していた。しかし、東海大はエースが5区でブレーキーをおこして、順大は8区でキャプテンがフラフラになった。言い訳をするつもりではないが、優勝ラインが下がり、亜大に勝つチャンスが生まれた。そして、そのチャンスを逃すことなく、亜大はビクトリーロードを駆け抜けた。

亜大の強さはタフでミスをしないところ。地獄といわれれる夏合宿を乗り切ったことで、選手たちは肉体だけでなく、精神的にも大きく成長するのだろう。最近、走っていないサカイも、頑張らなければ・・・。

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2006年8月 7日 (月)

高校生のパワーは凄い!

インターハイの取材で大阪に行ってきました。

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8月2日から6日まで滞在して、「陸上競技」漬けの日々を過ごしました。なにせ試合は朝の9時30分開始。で、取材が終わる頃には、もう真っ暗です。その後、ホテルに帰り、原稿を書く、とまあ1日中「陸上競技」のことを考えてるんですよ。でも、これが飽きないだな。高校生のパワーというか、エネルギーに圧倒され、青春ってイイなと思ってるうちに、夜になってる……。

Rikujo186と、今回も凄い選手が現れた。女子200mを制した中村宝子ちゃん(浜松西)だ。女子の100mで3連覇を達成した高橋萌木子(埼玉栄)を抑えて、ゴールに飛び込んだときは驚いた。けど、電光掲示板を見たら、一瞬ワケが分からなくなった。そのタイムは23秒48。高校新&ジュニア日本新&日本歴代3位!!!というとんでもない記録です。

宝子ちゃんの大会前のベストは23秒91。0コンマ何秒を競うスプリント種目で、 信じられないくらいの大幅ベストだ。高校生が持つ潜在能力は計り知れないね。

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とはいえ、宝子ちゃんの真の実力が試されるのは、むしろこれからだ。インターハイで出してしまった?自己ベストを上回ることができない大学生だって少なくない。

宝子ちゃんは性格は明るいし、取材してても楽しい選手。北京の星になってほしいな。

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2006年5月21日 (日)

頑張れ!学生アスリート

_007先週の土日は上尾へ、今週の土日は横浜に。陸上競技の関東インカレの取材に行ってきました。上尾も横浜も自宅(東京都江東区)から1時間30分近くかかるので、シンドかったです。しかも朝の9時から競技が始まり、帰るときにはもう暗くなってる。と、とにかく長いんですよ。サッカーの取材ならサクッと終わるんだけどね。

_008上の写真は上尾の陸上競技場。左の写真は横浜・日産スタジアムの記者席からの絵です。日産スタはキャパがあるので、なんかマイナースポーツの寂しさを感じさせますね。それにデカいので記者も移動が大変なんです。

とはいえ、競技の方は大盛り上がり。とくに男子200mが凄かった。優勝した高平慎士(順大)が20秒35(+1.2)の日本歴代4位をマークするなど、ほとんどの選手が自己ベストを大幅に塗り替えた。

短距離や跳躍の場合、〝風〟が記録に大きく関わってくる。当たり前だが100mを向かい風の中で走るのと、追い風の中を走るのでは全然違うでしょ? だから風速が+2.0mよりも強く吹くと「参考記録」扱いになるわけ。しかし、この日の200mは風が絶妙だった。+1.2となっているがこれはホームストレート(コーナーではなくラストの直線部分)の風で、実はコーナーの風が走る方向に向かって強く吹き込んでいたのだ。来年は大阪で世界選手権が開催されるが、この神風タイムで自信をつけた選手がブレイクしてくれたらイイんだけどな。

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2006年4月25日 (火)

神戸で快走!?

Photo_9 土日は神戸に出張でした。写真は三宮駅近くで開催されていた「インフィオラータこうべ」の様子。「インフォラータ」はイタリア語で「花を敷きつめる」という意味らしく、これ、全部チューリップ。だから周りは花の香りでいっぱいでした。

で、何の取材かというと陸上の「兵庫リレーカーニバル」です。女子10000mには野口みずきが出場したけど、メインは男子10000m。正月の箱根駅伝で1年生ながら3区で区間新を樹立した佐藤悠基(東海大)がナイスランを披露した。来年、大阪で開催される世界選手権のB標準記録にあと1秒と迫る28分07秒02(日本人トップ)でゴールしたのだ。

レース後、サカイと目が会うと悠基は苦笑い。あとで話を聞くとペースメーカーの外国人選手のペースがイマイチだったらしい(※ペースメーカーは陸連が仕込んでいるが、世間的には非公認)。それで、あと1秒届かなかったのかも。それにしても、悠基は強い。7月の日本選手権を制する可能性も出てきたね。

高校5000mでは2年生の中山卓也(須磨学園)が優勝した。エキゾチックな顔立ちで、腰高のフォーム、お父さんはあの中山竹通(へなちょこランナー?あゆぞうと同郷の名ランナー。ロス・ソウル五輪マラソン4位)なのだ。「伝統を維持していくよりも、新たに伝統を築く方がいい」と強豪チームの勧誘を断り、新興チームに入部。パパと違って?愛想がいいけど、強い意思を持っている印象を受けた。こちらも将来が楽しみだ。

兵庫リレーカーニバルの結果(動画)→SUN-TV

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2006年4月15日 (土)

スエツグの400m!

今日はローカルな試合を取材しました。けど、報道陣がたくさん。実は末続慎吾がレースに出るからなんです。

Photo_5 しかも400m。200m(100m)が専門の末続が400mのレースに出るのは実に4年ぶりなんです。

で、こんな感じ。

Photo_6 そして、こうなりました。

「あ~キツイ」を連発。走り終わったあとは本気でフラフラしてました。

でも、どうして400mなんかに出場したのか?もちろん、理由はあります。今年は12月にアジア大会があるんだけど、世界的なビッグレースはそれだけ。だから、冒険ができる。さらに、例年なら10月で終わるシーズンが12月までと長いので、その仕上がり具合も変わってくるんです。いずれせよ、アジア初の100m9秒台は末続に期待したいもんです。

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2006年4月 5日 (水)

オリンピックには3回出たいんです!

佐倉アスリート倶楽部に進んだ新谷仁美選手と脇田茜選手の取材です(14日発売の『月刊陸上競技5月号』に記事が掲載されます)。

あいにくの雨模様だったけど、小出義雄監督はご機嫌でした。普段は練習中にカメラがお邪魔することはないんだけど、今日は20km走をコーチの車で追走させてもらっちゃった。

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昨年、千葉真子とQちゃんが倶楽部から独立して、小出監督も一時は元気がなかったみたい。けど、新谷らルーキー5人が加わって、倶楽部の雰囲気も◎。特に新谷の存在が大きいみたい。

新谷は小出監督に「私はオリンピックに3回出たいんです」と言ったほど。早くマラソンがやりたくてしょうがない感じなのだ。その言葉に小出監督もうれしかったようで、「3回目にオレはもうこの世にいないかもしれないよ」と笑ってた。

数々の名ランナーを育てた小出監督だけど、「もう1度2時間15~6分のランナーを育てたいんだよ」とつぶやいた。世界最高記録が2時間15分25秒(ポーラ・ラドクリフ)で、日本最高記録が2時間19分12秒(野口みずき)。実は高橋尚子にも今の日本最高記録を確実に上回れる状態があったという。99年セビリアの世界選手権だ。高橋は腸脛靭帯炎による故障で欠場したが「一番強かった」と小出監督は話してた。「もう1度」の期待は新谷にあるといってもいいだろう。

新谷は3年連続して全国高校駅伝の1区を制した逸材。高橋に憧れて、高橋を育てた小出監督にマラソンを習いにきた。上下動のないフォームは、意外にスピードもある。ハートも強くて、とびっきり明るい性格。センスは抜群だと思う。

もうすぐ67歳になる名将と18歳のホープ。この新コンビが女子マラソンに新風を吹き込むことはマチガイない。新谷は早ければ今秋にはマラソンデビューするという。野口、高橋、渋井、土佐、千葉、坂本、原……。日本女子マラソンの北京五輪代表はかなり熾烈だな。

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2006年4月 2日 (日)

10個の金メダルを獲ったんだから、もういいだろ!?

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ケネニサ・ベケレ(エチオピア)が昨日のショートに続いて、ロングでも圧勝した。これで5年連続の2冠(ショート・ロング)。世界クロカンで10個の金メダルを胸に輝かせたことになる。

トラックの5000m、10000mの世界記録保持者は芝の上でも、速くて、そして強かった。

今年で世界クロカンは卒業。これからはトラックのタイムをもっと短縮させたい、と言っていた。彼の10000mのベストタイムは26分17秒53。日本記録よりも1分18秒も速い。トラック(400m)で同じレースを走るとなると1周差をつけられる計算だ。

やれやれ。日本のレベルは頭打ちなのに、世界最速の男はまだまだタイムを伸ばす気でいるのだ。世界クロカンのロングで日本人トップ(総合35位)になった徳本一善もボヤいてた。

「チョウショックです。ある程度仕上げてきたのに……。同じ走りに見えて、アフリカ勢は伸びが違う」

日本人が弱いのか、ベケレが強すぎるのか。

Photo_1 とりあえず、次にベケレに会えるのは来年(大阪世界選手権)になりそうなので、写真をお願いしました。

クールなサカイも、珍しくちょっと興奮。

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2006年4月 1日 (土)

福士快走!日本は団体で銅メダルなり。

今日は世界クロカン(福岡)の取材です。なんとアジアで初めての開催とのこと。地元、日本勢の活躍を祈りつつ、仕事しました。

女子ジュニア6000mはエース新谷仁美がもうひとつも、日本チームは全体的に踏ん張り、団体〝銅メダル〟を獲得そして、シニア女子8000mに出場した福士加代子(ワコール)が爆走してくれた。

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あまりのスタートダッシュに「笑うしかなかった」という福士は序盤こそ出遅れたが、地元の大声援を力に変え、徐々に順位をアップ。なんと6位でゴールに飛び込んだ。日本チームは団体でも銅メダルをゲットした。

福士は丸亀ハーフで日本記録をマークしたけど、本命はトラックの10000m。今年はトテツモナイ日本記録が出てもおかしくなさそうだ。もしかして来年の大阪世界選手権では、トラックでメダルなんてことも……。今日、ケニア代表選手6人全員に先着した福士なら、その可能性があるかもしれない。

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